ここでは、私が非平衡統計力学、特に揺らぐ流体力学や非平衡相転移を学ぶ過程で読んだ教科書や参考書を、簡単なコメントとともに紹介します。 特に自分が影響を受けしっかり読み込んだ本のみを紹介しています。
Handbook of Stochastic Methods for Physics, Chemistry and the Natural Sciences
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確率過程の基礎から、基本的なランジュバン方程式、フォッカー・プランク方程式、マスター方程式の解法まで網羅的に紹介している良本。確率過程は古典非平衡系(揺らぎの熱力学や揺らぐ流体力学)の基礎部分であり、何らかの本で体系的に勉強しようと思うなら自分は本書をおすすめする。現在は第4版が刊行されているが、自分が読んだのは第2版である。M1の時に本書を読んだが、当時在籍していた佐々研のメンバーも大体本書かRiskenのThe Fokker-Pkanck Equation を読んでいた。
Lectures On Phase Transitions And The Renormalization Group
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平衡相転移の基本的な部分がまとまった教科書。構成や説明にそこまでオリジナリティがあるわけではないが、とりあえずこの一冊読んでおけば平衡相転移については十分じゃないかと思う。修士過程に入学した際、担当教官であった佐々さんにカオス・確率過程・繰り込み群をしっかり勉強するようにと言われ、繰り込み群を勉強するために読んだ。
思い出
凝縮系理論の同期であった足立さんら数人とゼミをしながらしっかり読んだので、いい思い出として記憶に残っている。正直、繰り込み群パートはわかりづらかった記憶があるが、ランダウ理論とその破綻の章まではとてもよく書かれていると思う。
相転移・臨界現象とくりこみ群
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平衡相転移の基本的な部分がまとまった教科書。日本語で物理を勉強できるなら、Goldenfeld本よりもこちらをおすすめする。ちなみに、Goldenfeldも高橋さんの本も二次相転移がメインで一次転移への言及はほとんどなかったと思う。後述のChaikin and Lubenskyは一次転移も幅広く網羅しているが、難易度が高すぎる。
思い出
上述のゼミで輪読していたGoldenfeldの本の繰り込み群パートがわかりづらすぎたので、別の本を読もうとなり足立さんが見つけてきた。結局、平衡繰り込み群は本書で習得した。なお、当時はまだ本になっておらず、足立さんが持ってきた怪しいpdfだと思いながら、でもわかりやすかったので一生懸命勉強した。
Principles of Condensed Matter Physics
内容
平衡状態にある相の振る舞いを徹底的に解説した本。平衡相転移はもちろん弾性体理論から流体力学まで扱っており、各トピックすべてが独創的な視点で書かれている。平衡相転移パートでは液晶の相転移や結晶の相転移を丁寧に紹介しており、一次転移の理論についても詳しい。流体力学パートでは、保存則に由来する遅いダイナミクスである流体力学モードと連続対称性の破れに由来する遅いダイナミクスである南部・ゴールドストーンモードがマクロ極限でどのように振る舞うべきかという非平衡統計力学的な視点からさまざまな流体方程式の現象論的導出が行われる。相転移や流体力学の基礎づけに関わる研究をしている立場から見ると、こういうことは知っておいてほしいと思う内容が見事にまとめられており他に類を見ない教科書である。
思い出
大学院時代に所属していた佐々研では、「この本は、みんなM1のときに読もうと思って手元に置くが、結局D3までまったく読まない。そしてD3になって初めて開き、これで勉強しておけばよかったと思う」という話が、半ばfolkloreとして語られていた。大学院5年間でいろんなことを勉強して、本書を最後に開いてみるのがおすすめなのかもしれない。
Fluid Mechanics: Volume 6 (Course of Theoretical Physics)
内容
流体力学の古典的教科書。教科書の序盤(Chapter 2, Chapter 5)で粘性流体や熱伝導を扱うという特徴がある。巽流体や今井流体では前半の大部分が完全流体の解説に捧げられているため、粘性流体をとにかく勉強したい人はLandauを読むべし。流体力学そのものよりも非平衡統計力学という分野に興味がある人にとっては、完全流体の完璧な説明よりも、粘性や熱伝導などの網羅的な流体現象の解説の方がありがたいのではないだろうか。
思い出
学部3回生の時に仲良くなった同期と一緒に読んだ思い出の一冊。Chapter 1,2,3,5,6,7しか読んでいないが、特にChapter 1,2,5はその後も繰り返し参照している。Chapter 3の乱流パートを読み終えた後で、「そこは記述が古いのでわざわざこの本で勉強する必要はない」と乱流の研究をしている知り合いに言われ、少しショックだった記憶がある。
Pythonで学ぶ流体力学の数値計算法
内容
計算流体力学の教科書。単純な移流方程式の数値解法から始まり、流体シミュレーションに用いられるアルゴリズムの基礎中の基礎を学べる。流体方程式を解析するための複雑な数学的手法を勉強することがしんどいと感じたら、計算流体力学を勉強してみることをお勧めしたい。どちらのルートでも流体力学への理解は深められる。
新装版 現代物理学の基礎5 統計物理学
内容
統計物理学がまとまった古典的教科書(自分は5,6章しか読んでいない)。5,6章は久保亮五による線形応答理論の解説パートであり、ゆらぎの定理以前の線形応答理論の典型的な解説を読むことができる。ただし、本書では流体力学を線形応答理論の枠組みから導くところまでは扱われていない。線形応答理論としての流体力学を勉強したければ別の本を読む必要がある(例えば、後述のZubarev)。
思い出
修士1年の時に線形応答理論を勉強するために5,6章だけ読んだ。自分はこの本だけでは線形応答理論のことは微塵も理解できず、のちにゆらぎの定理を学び、そこから線形応答理論を自分なりに再構築して、ようやく理解できた。今から勉強する人は、ゆらぎの定理を出発点とする線形応答理論だけ学べば良いのではという気がするが、そのような本があるのかは知らない。
非平衡と相転移: メソスケールの統計物理学
内容
川﨑恭治が自ら関わってきた非平衡統計力学の研究を、気体の運動論・動的臨界現象・繰り込み群・射影演算子を軸にまとめた教科書。難易度は非常に高く、自分もまだ読み切れていない。前提知識として少なくとも、動的くりこみ群の計算と射影演算子法については別の教科書であらかじめ学んでおく必要があると思う。この本は、これらの手法を一から習得するための本というより、川崎さんがそれらをどのように理解しているかを記したもの、という印象がある。すでに各分野を勉強していたとしても、本書独自の視点から学ぶことは多く、ページをめくるたびに発見がある。
例えば、本書ではフォッカー・プランク方程式に対して動的繰り込み群を展開する。その理由について、次のように記されている。(p.134)
これを実行する一般的な処方箋としてすでにMSRの方法があるが平衡分布Deが(5.3.3)のようにガウス型の時にはこれから述べる方法がより直接的で簡単である。それはこの場合には前小節で述べた簡単な揺動散逸関係(5.2.27)または(5.2.28)が成り立つからである。
自分の知る限り、動的繰り込み群に本書の流儀を採用しているのは川﨑さんや小貫さんくらいである。動的臨界現象と動的くりこみ群の黎明期に実際に手を動かし続けた研究者が、さまざまな計算を比較した末にたどり着いた視点ということなのだろうか。本書の醍醐味はこのような川崎さんの到達点や川崎さんが重要であると思っていることを知ることにある。
Non-Equilibrium Thermodynamics
内容
不可逆過程の熱力学とは、微小領域での局所平衡を仮定することで、従来の熱力学を時間変化や空間的なムラのある非平衡系へと拡張したものであり、非平衡統計力学の基幹部分をなす考え方である。流体力学の基礎を与える非平衡熱力学の枠組みと考えても良い。単成分流体のNavier–Stokes方程式だけを考える限りでは、その背後にある熱力学的構造を明示的に意識する場面は少ない。しかし、多成分流体における拡散や熱拡散を考え始めると、どのような流束と熱力学的力を選びそれらをどう結びつけるべきかが問題になる。そのような場合には、保存則と局所熱力学から議論を組み立てる本書の考え方が強力な基盤になる。Onsagerのノーベル賞受賞理由は不可逆過程の熱力学の基盤を築いたことにあり、またPrigogineのノーベル賞受賞理由も、この理論を創造的に発展させたことにある。最近でも、小貫さんのdynamic Van der Waals theoryの論文や佐々さんの論文など不可逆過程の熱力学が基盤となっている研究はあげるとキリがない。それほどまでに、不可逆過程の熱力学は非平衡統計力学の礎をなす理論なのであり、私の考えでは、非平衡統計力学に興味があるなら、どこかの段階でしっかり不可逆過程の熱力学を勉強しておくべきと思っている。本書は、この不可逆過程の熱力学を基礎から応用まで徹底的に解説した古典的教科書で、おすすめの一冊。
構造・安定性・ゆらぎ 【新装版】――その熱力学的理論
内容
この本を読むとPrigogineがいかに不可逆過程の熱力学に影響を受け、それを発展させたかがわかる。Prigogineの本は全部前半が不可逆過程の熱力学の解説に捧げられているため、De Groot and Mazurが長すぎると感じた人は本書をサラッと読むのが良いと思う。最近、"non-reciprocal"がキーワードとなる研究が盛んであるから、その元祖であるPrigogineの本を一般教養として一冊くらい読んでみても良いのかも。本書はPrigogineの他の本に比べかなり軽め。
Statistical Mechanics of Nonequilibrium Processes
内容
全2巻からなる、射影演算子法に基づく非平衡統計力学の教科書。射影演算子法とは系のダイナミクスを注目変数とそれ以外に分けて、それ以外の変数をすべて注目変数の空間に射影することで注目変数だけのダイナミクスを形式的に書き下す手法である。本書では、徹底してこの考え方を発展させ、ハミルトン粒子系から何を注目変数として選びどの空間に射影したら、ボルツマン方程式や従来の流体力学、揺らぐ流体力学などが導かれるかを徹底的に解説している。入手困難であるが、射影演算子を勉強したいならこの本の第2章をとりあえず読もう。川崎本の第7章は本書の思想を数学的な形で誰も読めない形でまとめたものとみなせる。
思い出
原子核理論の研究者である本郷さんに本書を勧められ、D1くらいから読み始めた。この本で遅い変数・速い変数という考え方やローカルギブス分布など非平衡統計力学の基礎部分を学んだ。これまで読んだ本の中で一番多くを学んだ本だと思う。
Nonequilibrium Statistical Mechanics
内容
工事中
思い出
D3からポスドクにかけて、動的くりこみ群を勉強するために読んだ本。動的繰り込み群の教科書の中では一番わかりやすいと思うが、当時佐々研でポスドクをしていた南さんに色々教えてもらわなかったら読めなかったと思う。ただし、MSRJD形式についての解説はほとんどなかったと記憶している。そのため、この本の流儀だけで勉強すると、MSRJDを使う研究者とは会話が噛み合わないかもしれない。
Critical Dynamics: A Field Theory Approach to Equilibrium and Non-Equilibrium Scaling Behavior
内容
工事中
思い出
工事中
Hydrodynamic Fluctuations in Fluids and Fluid Mixtures
内容
温度勾配下にある単成分流体や、温度勾配・濃度勾配のもとにある二成分流体で生じる非平衡ゆらぎを、揺らぐ流体力学を用いて解析する本。ZárateとSengersが長年続けてきた研究の集大成という印象がある。扱っている対象はかなりspecificなので、温度勾配下の単成分流体や濃度勾配下の多成分流体に興味がなければ、無理に読む必要はない。私としては、この本の面白さは後半部分の、モード展開やGalerkin近似、境界条件の処理など、従来の流体力学で培われてきた解析手法を揺らぐ流体力学へ持ち込み、かなり複雑な系を実際に計算しているパートにあると思う。境界条件付きの複雑な揺らぐ流体方程式を従来の流体力学の方法を駆使して具体的に解析するという方向性の研究を進めたのは、ZárateとSengersくらいではないかと思う。同じ考え方をほかの非平衡系へ応用する余地はかなり残されていそう。
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